特にすることもなかったから始めた寝室奥のクローゼットの整理。
奥に進むにつれ、殆ど袖を通さなくなった時代遅れの洋服や勢いで買ったスノーボード、捨てるには惜しいからって取ってあるハードカバーの小説など、次々に出でくる。
どれもそれぞれの思い出があって、なるほど整理作業が進まない。
ふと気がつくと、見たことのない古ぼけた段ボール箱が、これもまた殆ど気なくなったロングコートに埋もれポツンと置かれていた。
「これ、僕のじゃないな」
そう独りごち、少し剥がれかけたガムテープを静かに剥がして行く。
飛び込んできたのは、RadoのDiastar。
随分と昔に父が愛用していた古い時計だ。大事にしていたのに無くしてしまったと聞いていた時計。
箱の中身を解いて行くと、出てくるのは父の数々の歴史。
まだ若い父が、今ではクラシックカーと呼ばれる新車の隣で得意げな笑顔で写っているモノクロの写真。
見ているこちらが恥ずかしくなるほど裾の広がったズボンを履いた父の写真。
今では考えられないが、タバコを加えながら笑顔で電話対応しているサラリーマンな父の写真。
岡本太郎の太陽の塔が写っているという事は大阪万博だったかな?やっと写真がカラーになっている。
デジャブなんだろうか。この塔が、どこかで見たガーベラのようで不思議だ。
そういえば、母とは大阪万博で知り合ったと言っていたから、小さく写っているこの女性は多分僕の母親なんだろう、こんな顔をしていたんだ。
今では自分が誰だかわからなくなってしまい、一人施設にいる年老いた父。
多分、そんな自分の異変に気付いた父が、大事なものだけを仕舞った父の歴史。
どれもこれも抱え難い記憶の重みのあるものなのだろう。
記憶を失って行く自分が、大切な数々の思い出を捨ててしまわないように僕の引越し荷物に紛らせたのだろう。
小さな箱の中に広がる父のクロニクル。
明日、久しぶりに父を見舞おうと思う。左手に腕時計をする父に倣って、左手にRadoのDiastar.
今日ご紹介するさぎやまさんのガーベラ「クロニクル」。なんとなく岡本さんの太陽の塔に見えて・・・。でもクロニクルという名の由来、知りたいですね笑