羽田から12時間。飛行機を降り入国ゲートへ。ほどなくして乾燥した空気と埃っぽさが混ざった香りに包まれる。懐かしい。
10年ぶりのシャルルドゴール空港。初めてこの国に訪れた20年前のパリはまだ禁煙なんて文化は微塵もなく、この乾いた香りに両切りのタバコの煙りやパフュームの色彩も加わり、色気のある大人の匂いに包まれていた。それがいつの間にか衣服や髪の毛に染み付いてゆく。なんとなくフランス入国の簡単な儀式に思えた。
心地よい疲れのなか、パリ公営のロワシーバスで市の中心オペラに向かう。タクシーは楽だけど単なる移動手段でつまらない。隣の恋人同士の会話に耳を澄ます。そうそう、謝ることを良しとしないフランス人が自己正当化するときによく使う言い回し。当事者で無い私には少し微笑ましい。
オペラからメトロを乗り継ぎ、9番線の終点「セーブル橋駅」1つ手前「ビアンクール駅」を目指す。今回の旅の目的である祖母の住む町へ。
昭和初期生まれの祖母、今でもデニムと白いシャツが似合う。「デニムはフランスのニーム地方が発祥なのよ」祖母から教わったことの1つ。今では珍しくもないが、昭和初期では大学出の女子は少なく卒業後外務省に入省し、3つ目の赴任国であるフランスで私の母を出産した。詳しい話は聞かされてないが母が日本の小学校に入学するタイミングで2人で帰国した。これも今では珍しくもないが、シングルマザーである。その後、母の結婚を機に祖母は独りフランスに戻っていく。
大学の卒業旅行で訪れた初めてのパリ。そこで祖母と久しぶりの再会を果たしワイングラスを傾けながら女子トークに花を咲かせた。母とは違った女性感を持つ祖母とのこの時の話は、後の私に大きな影響を与えた。その時の1つがこれ
「恋愛は感性、結婚は知性よ」。
今秋、私は結婚する。私より3つ年上だけど、収入や休日の数は私のほうが上。彼が私より勝っているのは、残業時間と私の褒めるところを言える数、そして抱えている夢の大きさ。お世辞にも順風満帆な結婚スタートとは言えない。
「恋愛は【自分みがきの時間】、たくさんの人と出会い、学び、笑い、泣いて、そして美しくなりなさい。その糧を経て、将来を見据えた【知性の目で】男性を選びなさい。それが結婚」
20年前の女子トークが鮮明に思い出される。今回の目的はこの事実を告げるための私なりの儀式。味方のいないこの結婚に、せめて祖母には理解してほしかったから。
小さいけれど、丁寧に手入れされた庭を望むテラスで祖母と二人きりの時間が流れる。庭に咲く祖母の好きなヒペリカムが初夏のパリの光を受けて美しい。
あの時と同じようにワイングラスを傾けながら、2人の空白の時間を埋めるための形式的な会話の後、本題に切り出す。
途中、何度か小さく頷きながら、ひとしきり私の話を聞いたあと、祖母はこう始めた。「結婚おめでとう。貴女もあたなと母と同じ道を歩むのかと思っていたわ。とても素敵な男性だと聞いているわよ。これは私からの気持ち」そういうと、祖母はダイニングテーブルの引き出しを開け、小さな小箱を取り出した。包みを開けると中は空っぽだった。ふとそこに祖母が昔から付けている大粒の指輪を外し中央に添えた。
あの子には必要なかったけど、貴女にはこれが必要になるかもね。
祖母のあの時の言葉を正しく理解していなかったのは私だった。結婚とは、「好き」よりも「経済性」を優先することだと誤解していた。母は父と結婚し裕福だったけど、母が笑う姿はあまり見たことがなかった。
「結婚は、長く続く2人きりの旅。楽しく美しいだけじゃなく、辛いことも悲しいことも共有し2人きりで乗り越えてゆかなければならない。そういった、難しくはないけれど、お互いが認め合い、信用し、無償で愛することができる伴侶を見つけなさい」これが祖母の本意だった。
ほどなくして玄関のチャイムが鳴った。「帰ってきたわ、彼を紹介するわね。」フランスではそんな結婚のあり方があるんだと、また1つ祖母から学んだ。
「信州みゆきさんの「オータムサプライズ」」
最近、あちこちで見かけるようになった斑入りのヒペリカム。小粒なピンクやオフホワイトの実も涼しげですね。まだ若干お高い(笑)ですが、ぜひご利用くださいませ。
そんなヒペリカムの花言葉は「悲しみは続かない」と「きらめき」だそうです。歳の離れた女性2人が、きらめいてゆく姿をイメージしショートストーリーに。少し長くなってしまいました。。。
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長友